役員紹介
理事・監事一覧
■理 事 長 神津 仁(神津内科クリニック 院長) 【東京都】
■副理事長 吉澤明孝(要町病院 副院長、要町ホームケアクリニック 院長) 【東京都】
英 裕雄(医療法人三育会 新宿ヒロクリニック 院長) 【東京都】
■理     事 菅原由美(訪問ボランティアナースの会 キャンナス代表) 【神奈川県】
安藤高夫(前衆議院議員、医療法人 永生会 理事長) 【東京都】
鈴木 央(鈴木内科医院 院長) 【東京都】
■監  事 川井 真(明治大学地方創生部門長、多摩大学客員教授) 【東京都】
佐野 真(弁護士 大井・佐野法律事務所) 【東京都】
設立時  ご挨拶『在宅医療の新しい時代を迎えて』
理事長 神津 仁
神津内科クリニック 院長 神津 仁


略歴:1950年長野県佐久市生れ、
1977年日本大学医学部卒、同年日本大学医学部第一内科入局、
1980年日本大学医学部神経学教室助手、
1981年日本大学医学部付属板橋病院、神経内科医長、
88-90年米国ハーネマン大学、ルイジアナ州立大学、
1991年特定医療法人佐々木病院内科部長、
1993年世田谷に神津内科クリニックを開業、院長、
1999年世田谷区医師会副会長、
2000年世田谷区医師会内科医会会長、
2004年日本医師会代議員。医学博士、日本神経学会専門医、
日本内科学会認定内科医、東邦大学医学部客員講師、明治大学非常勤講師、
昭和大学客員教授、日本臨床内科医会理事、東京内科医会常任理事、
国際疾病分類学会会長/理事長、日本プライマリ・ケア学会評議員。

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 2006年は日本の在宅医療の歴史に新たなページを加えることになりました。今までの「全国在宅医療推進連絡協議会」が発展的解消をして「NPO法人全国在宅医療推進協会」となるからです。1997年に産声を上げた全国在宅医療推進連絡協議会は、次のようにその理念を掲げました。


・今こそ、在宅医療を実践している人々(団体)の情報を交換し、具体的な方法を学びあいながら、国民が自ら参画できる在宅ケアのあり方を探っていかなければならない。
・この協議会は第一歩として、在宅医療に携る医師・歯科医師を中心とし、在宅医療を正しく推進させるために、在宅医療の本質の追求、質の向上への努力、具体的施策への建議などを行う。
・将来的には在宅医療に携る各職、各グループの参画を得て、力強いものに発展させていかなければならない。多くの方々の参画を真に願うものである。
こうして10年が経ち、これらの理念が現実のものとなり、日本の在宅医療も初期の混沌とした段階から、次の成熟期に入ったといって良いと思います。これまでは在宅医療を推進するリーダーの働きが大変重要であった時代でしたが、これからは多くの人々が参加して、それぞれの生活圏である地域医療の中で在宅医療と在宅ケアを発展させていく時代に入ったのです。

 

昨年来より、厚生労働省の辻審議官は「日本の医療における正しい機能分化を進めていくためには、今後は在宅医療を充実させることが大切である」と発言しております。辻氏は平成18年度医療計画の立案責任者ですから、今後10年はこの考え方が日本の医療の根幹となるに違いありません。今我々に必要なのは、全ての国民がこの価値観を共有することです。そのためには、医学会、医療界のみならず、在宅医療を受ける患者とその家族、そして今後その恩恵を受けるであろう全ての国民が参加できるような組織が必要です。こうした意味で、NPO法人在宅医療推進協会の果たす役割は重要であると認識しております。今までの会員であった医師、歯科医師に加えて、看護師、理学療法士、社会福祉士、介護福祉士、ケアマネージャー、大学教員、研究者、学生など、在宅医療に関係のある、あるいは興味のある多くの人々が入会し、ボランティアとして活発に活動して下さることが、日本の在宅医療・在宅ケアをさらに飛躍的に発展させていく原動力になると信じています。そしていつの日にか、入院治療、外来通院と同じく、在宅医療・在宅ケアが国民にとって当たり前の選択肢の一つとなるよう心から望んでおります。

 

『NPO法人設立によせて』
副理事長 山口浩二
山口内科 院長 山口浩二


略歴:福岡県生まれ。
昭和58年、国立島根医科大学卒業。
平成2年、九州大学大学院医学系研究科博士課程修了。
昭和58年より東京都立駒込病院内科レジデントとなり、ローテーション終了後、
昭和61年から九州大学医学部附属病院放射線科勤務。
平成4年、山口内科を開業し院長となる。
現在、有床診療所および在宅医療部を中心にして、居宅介護事業支援所
(福岡市のサービス評価機構の認証機関)、訪問介護ステーション、
宅老型デイサービスを設立し、在宅での総合ケアの充実を図っている。

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在宅医療を志す医師は、一人往診に赴いたときに、出口の見えない無力さにさいなまれることが多いと思います。それは、今までの医療教育、実践で行なってきた医療行為が、病院を中心に組み立てられていて、基本的な医療器具しか持ち合わせていない患者宅では、一体何をどうしたらいいのか、途方にくれてしまうからだと思います。頭の中には、何かあれば直ぐに病院に送ればいいという、安易な回路が出来上がっています。

この会が、そういう不安を抱えた全国の在宅医の情報交換の場となり、在宅で出来る最大限の実践医療を勉強していく会になることを期待しております。

また在宅では、外来診療での検査や治療を行なえたとしても、患者さんの満足度の高い医療につながるとは限りません。高齢化が進むなか、当院でも治療が困難な患者さんを多く抱えています。医療提供者にとって的確な治療が見いだせないとき、患者さんの傍らにいることが如何に難しいかを思い知らされます。例えば、人生の最期を迎えるために自分の家に帰ってきた終末期の方とか、高次病院での難病治療を中止した方とか、生活の中に入り込んできてくれて話をすれば安心する独居老人とか、認知症の患者さんを抱えて途方にくれる家族とか、そんな人々と向き合ったときに、医師、看護師がどのように支え、実際に何が出来るかということを、症例を提示してお互いに考えていきたいと希望しております。これは、まさに、在宅での実践医療でしか学び得ないことだと思います。

最後に、在宅医療の枠組みを決定しているのは、医療、介護保険制度ですから、現場で悪戦苦闘している医師の現状を把握してもらって、出来るだけ実践の意に沿った形をつくってもらうように、国に働きかけていく会であって欲しいと思います。
将来は多くの実践的な在宅医が、NPO法人全国在宅医療推進協会に入会され、全国網が密になることを期待しております。
『在宅医療の今後………』
副理事長 吉澤明孝
要町病院 副院長 吉澤明孝


略歴:昭和34年7月10日東京生まれ。
昭和60年3月日本大学医学部卒業、
平成元年3月日本大学医学部大学院卒業博士号修了、
癌研究会附属病院麻酔科勤務を経て要町病院副院長として、
一般病院での緩和医療、在宅医療を実践している。
資格:麻酔科学会指導医、ペインクリック認定医、
東洋医学会認定医、レーザー医学会指導医、介護支援専門員など。
役職:東京麻酔専門医会開業対策委員、城北緩和医療研究会世話人、
日本大学医学部同窓会理事、日本緩和医療学会評議員など

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在宅医療には医療・看護・介護の三位一体の連携が必要不可欠であるが、現在の在宅医療では充分な連携が取れているとはいいにくい。それぞれの患者様によって重点が異なることもあり、また各立場での自己主張が強く縄張り争いのようなことが起こっているのも現実である。医療保険、介護保険の境界が不明瞭であり、まして今年の介護保険改正で癌末期患者の介護保険が認められるとしたら、介護スタッフに癌末期の病態介護など、充分に理解されているのであろうか?と不安いっぱいの現在の在宅医療である。

こうした現状を踏まえ、このNPO法人全国在宅医療推進協会が担うことは、
(1) 医療・看護・介護の三位一体連携の架け橋的な役割
(2) 地域医療連携の総括的役割
(3) 在宅医療、看護、介護の質の向上(教育)
(4) 在宅関係の多数の団体を総括する
(5) 在宅医療の現場の声を行政に理解させる、など多岐にわたると考えられる。

そのための他職種間の話し合いの場が本協会によって提供されるのではないかと期待して止まない。そのために微力ながら協力させていただく所存である。宜しくお願いいたします。
『在宅ケアにナースは不可欠!! 潜在ナースの掘り起こしを!!』
理事 菅原由美
訪問ボランティアナースの会キャンナス 代表 菅原 由美


略歴:東海大学医療技術短期大学、第一看護学科卒、
夫の祖母(100歳)義父(認知症)義母(大腸癌)を在宅で看取った経験から、
在宅看護のレスパイトケア・ターミナルケアの重要性を感じ、
1997年訪問ボランティアナースの会キャンナスを立ち上げる。
(現在全国15ヶ所に広がる)
1995年(有)ナースケアーを設立。介護事業保険事業所として、
ケアマネージャーとナースを兼務する。
3人の実子の他、知的障害児兄弟3人の週末里親も行い、
2001年障害児も預かる育児室キャンズを開設。
趣味は宝塚を観ること。スキューバダイビング。旅行。

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NPO法人全国在宅医療推進協会の設立おめでとうございます。この様な会の理事としてお仲間に入れて頂きました事をとてもうれしく、光栄に想うと同時に責任の重さを感じております。ナースの立場から、そして全国訪問ボランティアナースの会キャンナスの理念と活動が、この会の発展のため又全国の在宅ケアを必要とする方々の為にお役に立てるよう努力してまいりたいと考えております。

自分自身の在宅ケアの経験から、24時間365日休むことの出来ない介護家族に対するレスパイトケア、そして在宅での死を支援する為の在宅ターミナルケアの重要性・必要性を痛感し、そのお手伝いをしたいとの思いでスタートした全国訪問ボランティアナースの会キャンナスですが、発足して9年目となり全国15ヵ所に広がり多くのナースの方々と同じ理念の下、活動が出来ることを非常にうれしく思っております。

私はたった1年しか臨床経験がありませんが、私がいたから祖母も義母も義父も介護保険制度のない時でも在宅で看取る事が出来ました。『私レベルのナースなら地域に沢山いるはずだ!』主婦になり働いていないナースの方々に力を借りて地域の方々のお役に立てたら……。ただ病院で死を待つのではなく1日でもいいから大好きな家へ連れ帰ってあげたい。そんな思いからマスコミの力を借り地域の潜在ナースに呼びかけをしてスタートしましたのが“キャンナス”です。

在宅でのケアはその方の生活を丸ごとサポートする必要があります。医療的ケアの前に生活がある。その生活を含めてケアが出来るナースが求められています。そんなケアをするのに主婦ナースは最適だと考えています。今さらバリバリと大学病院では働けない。でも自分の経験とライセンスを生かしたい、と潜在ナースは思っています。自分の経験の中にはナースというだけではなく主婦としての経験も含まれている訳であり、主婦として、そして生活者としての視点が在宅には不可欠なのです。

掃除・洗濯・炊事はヘルパーの仕事、ナースの仕事ではない!という考え方のナースは当会に入会できません。ナースであろうと、時と場合によってはヘルパーの仕事をする必要があるのです。ヘルパー業務をすることで見えてくる利用者さんの本音、決してナース(医療職)に見せない面が見えてきます。

自信をなくした潜在ナースには介護をしてもらいつつ、錆び落としをして看護に戻ってもらう。介護をナースがすることは、利用者にとっても潜在ナースにとっても、プラスにこそなれマイナスにはなりません。医療的な面からしか利用者を見ることの出来ないナースは在宅には不要です。その方の生活を中心に医療・看護・介護を考えていく。医療と介護の橋渡しの出来るナースでありたい。

55万人とも100万人とも言われる潜在ナースに呼びかけて、在宅ケアを受ける皆様が安心した生活が送れるよう、お手伝いをさせていただきたいと思っています。
『在宅医療に想う(10年前~今~そして将来)』
理事 英 裕雄
新宿ヒロクリニック院長 英 裕雄


略歴:昭和36年1月7日生まれ。
慶応義塾大学 商学部卒業、千葉大学 医学部卒業、
平成8年10月 曙橋内科クリニック開設、
平成10年9月 医療法人社団 曙光会に改組し理事長就任、
平成12年8月 医療法人社団 曙光会 理事長退職、
平成13年8月 新宿ヒロクリニック開設、現在に至る。
主な役職 新宿区介護保険認定審査会副会長、
新宿区介護サービス事業者連絡協議会会長、新宿区高齢者保健福祉推進協議会委員、
新宿区医師会理事(介護保険・在宅ケア担当)、在宅療養計画研究会代表世話人、
NPO法人 在宅かかりつけ医を育てる会理事、他。

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私が訪問診療を始めて10年がたとうとしております。
10年前老人の医療費負担が非常に低額に抑えられていました。当時まだ訪問する医師が少なかったせいもあるでしょう。訪問するたびに「えらい仕事をボランティアでしてくれていますね。」とねぎらいの言葉をかけていただく事が多かったと記憶しております。(もちろん実際はそんなにえらいものでも、ボランティアでもありませんでした。)
いまや高齢者の医療費負担が1割ないし2割という時代を迎え、在宅医療も費用負担に見合った成果や対応が求められる時代になりました。以前は在宅高齢者に対して予防的にかかわる機会が多く、要介護3程度で特に医療処置がない状態でも、月に2回定期訪問診療をする中で生活習慣病の予防や介護負担増加を未然に防ぐ指導などが行われていたのが、現在では要介護4もしくは5程度、しかも胃瘻や中心静脈栄養、酸素や人工呼吸器など様々な在宅療法管理を必須としたり、床ずれ処置や肺炎・脱水などの治療を自宅で希望される方が増えてきている印象があります。つまり以前は、今は困っていないが、困った事が起こらないように見守っていて欲しい。何かあったときに対応して欲しい。予防的に対応してもらう事自体が安心だからなどという理由で訪問診療を希望されましたが、現在は、いますぐに目先に困った事が起こっているので、すぐに自宅で対応して欲しいというニードに変わりつつあるようです。もちろんその間に診療報酬が上がったわけではないので、訪問診療を行う側にとっていうと、労が多くなり、成果や応対の良し悪しが問われるようになったが、一方で年々経費が増加すると言う状況で、在宅医療を取り巻く経営環境は徐々に厳しくなっているといえるのではないでしょうか?
今後さらに高齢者の医療費負担が増加する事が予想されております。そうなるとさらにこのような傾向に拍車がかかると予想しております。そして安定した経営を考える時、より重症の在宅患者さんを負担なく診る事ができるシステム構築が不可欠になってきております。

そのためには一人ですべてを抱え込むのではなく、重症の在宅患者を複数の医師が各々の専門性を持ち寄り、療養方針の一貫性を保つ事が大切です。そのためには主治医を中心に在宅診療を行う医師同士が連携しあう方策を今模索していく必要があると感じています。
『在宅医療と、「仕組み」・マネジメント』
理事 真野俊樹
多摩大学医療リスクマネジメント研究所教授 真野俊樹


略歴:1961年、名古屋市生まれ。
87年、名古屋大学医学部卒業。
名古屋第一赤十字病院、安城更生病院、藤田保健衛生大学勤務を経て、
95年9月、米国コーネル大学薬理学研究員。
その後、外資系製薬企業、国内製薬企業のマネジメントに携わる。
また、英国レスター大学大学院でMBA取得。
その後、国立医療・病院管理研究所協力研究員、昭和大学医学部公衆衛生学
(病院管理学担当)専任講師、大和総研主任研究員、大和証券SMBCをへて、
2005年6月多摩大学医療リスクマネジメント研究所教授。
名古屋大学医学部医療情報部非常勤講師・客員研究員、日医総研客員研究員、
藤田保健衛生大学医学部客員教授。
2004年3月、法政大学経営大学院後期博士課程満期退学。
京都大学にて博士(経済学):2004年11月24日授与される。
資格:医師免許1987年5月27日、日本内科学会専門医、同認定医、
東洋医学会認定専門医、日本医師会認定産業医、日本臨床薬理学会認定医、
ケアマネージャー FACP(米国内科学会認定専門医会上級会員)
学位:医学博士(藤田保健衛生大学)
1995年、MBA(英国レスター大学大学院)
2000年、博士(経済学:京都大学)

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近年、高齢社会の進展とともに在宅医療の必要性が、より広く認識されるようになってまいりました。私は、医師として診療もしていますが、研究者として医療全般の経営や医療経済を専門に、授業はビジネススクールで教えています。そんな中で、医師・看護師をはじめ医療関係者の中でも、在宅医療に関する認識が広まっているのを肌で感じる今日この頃です。

それは、在宅医療を診療メニューに取り入れる医療機関が増え、またそれゆえに在宅医療を学びたい医師・看護師をはじめ医療関係者が増えていることを反映していると思います。米国の病院では特殊検査、手術、入院を中心に行い、基本的には外来患者を受け付けなかったのが、近年では入院日数の短縮化のため、外来手術センターや在宅医療にも力を注いでいる現状もありますので、日本も平均在院日数短縮の流れで、地域医療全体の中での仕組みとしての在宅医療のニーズも高まっていると思われます。

在宅医療とマネジメントや仕組みが関連するもう一つの点は、在宅医療がチームによって行われるという点です。米国での話しばかりで恐縮ですが、チーム医療には一日の長があると思っています。その米国でも、看護師が中心になるケースをはじめ、いろいろな形態で行われているようです。

残念ながら、在宅医療における診断・治療ノウハウ、マネジメントノウハウはいまだ標準化した形では確立しておらず、いくつかのすぐれた在宅医療を行っている医療機関を見習いながら個々の医療機関が手探りで行っているのが現状ではないでしょうか。

さらに、在宅医療も、末期の患者を診る場合、より家庭に密着したかたちで行う場合、入院医療の補完として行う場合、といろいろな目的があります。こんなところも、研究者として整理できたらいいなあ、と考えています。
私自身は、在宅医療の診療についてはきわめて経験不足ですが、それこそチームで皆様と一緒に在宅医療の発展に貢献できれば、と考えています。
『豊かさと引き換えに失われた死生観 ~NPO法人全国在宅医療推進協会の活動への期待~』
監事 川井 真
明治大学死生学研究所 事務局長 川井 真


略歴:1960年神奈川県横浜市生まれ。
社会保険から民間保険業界へ、さらには共済事業へと一貫して国内の保険事業に携わり、
保険の世界を遍歴する。
明治大学においては「死生学研究所」の設立メンバーとして計画段階から参加し、
現在も研究活動および事業のプロジェクト・マネジメントに取り組んでいる。
その傍ら、多くの研究会や学会等の立ち上げと運営ならびに執筆活動を行う。
研究領域は「保険」、「社会保障」、「リスク社会学」、「医療リスクマネジメント論」等。
明治大学死生学研究所事務局長、
多摩大学統合リスクマネジメント研究所医療リスクマネジメントセンターシニアフェロー、
特定非営利活動法人ふるさとテレビ顧問 など

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20世紀後半のわずか50年でわたしたちの生活はとても豊かになりました。多くの尊い「いのち」が失われた第二次世界大戦を経て、何もない戦後の焼け野原から経済大国と呼ばれるまでに成長したのです。1950年代の半ばから始まった神武景気によって、経済白書には「もう戦後ではない」と謳われ、その後も岩戸景気、そしてオリンピック景気と加速度的に発展を遂げていきました。それを陰で支えたのは福祉国家を唱えた平和憲法の樹立であり、 1961年に実現された国民皆保険皆年金制度であったことも忘れてはならないでしょう。経済と社会保障、この両者はお互いにシナジー効果を発揮しながら国民生活を豊かにしていきます。
総中流社会という言葉が物語るように、社会学的に言うところの新中間層を中心とする社会、いわゆるサラリーマン社会へと変貌を遂げていったのです。まさに全世界が羨むほどの理想国家が完成されたかのようにも映りました。しかし、功利主義が加速し、学歴社会が形成されていく過程では、田舎から都会へ、ブルーカラーからホワイトカラーへ、大家族生活から核家族化志向へと価値観も変化して、結果、「しあわせのかたち」も変わっていったのです。いつの頃からか、夫婦二人の豊かな老後生活が人生の最終目標となり、それは老人の自立を可能にしたものの、ひとの「人生観」を変え、また「死」というものを生活と切り離した社会を形作っていくことになったのです。またDINKS(Double Income No Kids)という社会現象が1980年代の後半に登場しますが、このような家族構造の変化は、都心生活者の新しい生活スタイルをデザインし、図らずも都会のニューファミリーから老人と子どもの姿を切り離していくのです。一方で、高度経済成長は1970年代のオイルショックを機に終焉を迎えていたのですが、さほど間をおくことなく湧き上がったバブル経済に夢をつなぎ、社会は好景気の余韻から覚めることはありませんでした。バーチャル・エコノミクスに翻弄されながら常に物質的価値を追い求め、さらに個人主義と利己主義が過剰な権利意識を増殖させて人間関係もクールなものになっていきます。そのようなパラダイム・シフトの最中に訪れたバブル崩壊、そして追い討ちをかけるように金融神話や安全神話が崩れだし、日本経済は急速に衰退の道を辿ることになります。それは多くの人びとに致命的な喪失感と無力感を与えることになったのです。以降、世相に映し出されたのは、国や社会への不信の増大であり、夢や生きがいの喪失でもありました。そしてそれは過剰な将来不安となって顕在化してくることになります。社会全体へと拡大するモラルハザードと信頼の喪失、事故や犯罪の低年齢化や自殺者数の増加など、暗いニュースが紙面を埋めることになったのもそのひとつの現われと言っていいのでしょう。
時代の流れに翻弄されてきたと言ってしまえばそれまでですが、生活水準の急速な上昇や安全神話の確立の陰で、人として「生きる」ということの本質や目的を見失っていたのかもしれません。思えば、親の面倒を子どもたちだけで看るしかなかった時代から、高齢者層を社会全体で支える時代へと変わり、全人的に長寿を祝える環境を創り出したことは社会保障政策の評価すべき成果物であります。しかしながら、謙虚さと感謝の気持ちを忘れ、責任を自覚することなく権利だけを主張し、ましてや「家族」という最小単位の社会までも崩壊させてしまうようでは、この環境も長続きはしないのでしょう。21世紀を迎え、いま日本人は「失われた死生観」をとり戻すときがきました。
社会全体が利己主義に傾斜した20世紀末、そこでは「勝ち組」や「負け組」といった不透明な定義が作り出され、目的のはっきりしない競争意識を醸成して人間関係もクールなものとなりました。それはさらに産業構造の変化と連動して地域格差と所得格差を急速に押し広げていきました。3年ごとに行う所得再分配調査において、所得格差を計るためのジニ係数は1980年頃から右肩上がりで推移し、2002年時点で既に0.4983という危険域に到達しています。経済成長と所得の平準化をバランスすることは大変難しいことではありますが、度を越した格差社会は国家の体力も奪ってしまいます。また、現在のような高齢化と共にある格差社会は社会保障制度のあり方にも波及し、それはある意味で「老いる」ことを否定せざるを得ない環境さえも作り出してしまう危険があるのです。このような時代背景を再現するかのように、1975年前後を境に在宅死と病院死の数は逆転しています。この数字は、平成17年10月に示された医療制度構造改革試案における在宅医療・在宅介護推進の根拠になっています。人生を全うし、その役割を終えた老人が迎える死はすべて「尊厳ある死」と言えます。しかしながら、90歳近い末期がんの老人をスパゲティー症候群にしてまで「生」に執着するのはなぜでしょう。住み慣れた自宅で、穏やかな時間の中で、家族に囲まれて迎える死を選択できない背景には何があるのでしょう。介護などにかかるマンパワー不足や核家族化などを理由にするのは簡単ですが、すべては死生観の歪みによるものと知るべきです。高齢社会の到来によって医療保障や生活保障も金銭給付のみでは決して充足されることはない、という現実がいま目の前に突きつけられています。人間らしい生き方とは、また真の幸福とは何かを模索し、それを現実的なものとするためのお手伝いが、NPO法人全国在宅医療推進協会の活動になればと願っています。
『ご挨拶』
監事 佐野 真
弁護士 佐野 真


略歴:昭和44年生まれ、
平成4年 司法試験合格、
平成5年 東京大学法学部卒、平成7年 弁護士登録、
事務所 田邨・大橋・横井法律事務所
日本賠償科学会会員

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この度、NPO法人「全国在宅医療推進協会」の設立手続が完了し、法人としての正式登録されましたことをここにご報告できますこと、慶賀の至りでございます。

私自身は、医療そのものに関してはいわば門外漢の立場にあるわけですが、弁護士の業務として、例えば医療費、病院経営の問題、時としては医療過誤訴訟といった場面で医療との連携をはかってきた経験を持っております。また、日本におけるNPOの発展も目の当たりにしてきまして、NPO法人に対する法的側面からのサポートを業務の一つの柱と位置付けてもおります。

昨年、全国在宅医療推進連絡協議会の名の下に活動しておられる方々とお会いし、これまで積み重ねられてきた在宅医療活動の重さ、これからの医療における在宅医療の重要性、そして在宅医療の普及に向けて環境整備に取り組んで行かねばならないということを、初めて認識させられました。このような重要な活動に対し、私如きが何程の貢献ができるか不安もありましたが、諸先生の熱く理想を語る姿に感銘を受け、NPO法人立ち上げのお手伝い及び監事への就任をお引き受けしました。

今後も当法人益々の発展のため微力を尽くし、もって日本の在宅医療の充実、ひいては日本人のQOL向上に幾分なりとも貢献できればと存じます。
特定非営利活動法人 全国在宅医療推進協会.